地域保健の領域で「ソーシャル・キャピタル」が、注目を集めています。厚生労働省の地域保健対策検討会の報告書では、ソーシャル・キャピタルは「信頼」「社会規範」「ネットワーク」といった協調行動の活発化で、「社会の効率性」を高めることができる社会組織に特徴的な資本と定義され、その本質である「人と人との絆」「人と人との支え合い」は、日本社会を古くから支える重要な基礎と指摘しています。
残念ながらまだ、薬局の現場ではソーシャル・キャピタルの理解と浸透は希薄ですが、そんな「絆」と「支え合い」の精神を「地域コミュニティづくり」という形で具現化し、地域の健康づくりにつなげようとする試みが始まっています。
埼玉県川口市で厚川薬局を経営する厚川俊明氏、兵庫県尼崎市でまごころ薬局を営む福田 惇氏、いずれも薬局に隣接するコミュニティスペースを活用してユニークなイベントを企画するなど、積極的に地域住民の健康づくりに関わっています。
今回のSPECIALでは、両氏から先進的な地域コミュニティづくりの取り組みについてお話をうかがうとともに、第三者の立場から、ソーシャル・キャピタルの概念を通じて「街の薬局がつながりと健康の場となることを夢見て」社会疫学を学ぶため、千葉大学大学院に通う笠原正幸氏に、薬局を拠点とする地域コミュニティが住民に与える意識変化と健康への影響などについて語っていただきました。
薬局はコミュニティづくりに最適な業態
福田 実は、地域コミュニティづくりのきっかけは、厚川薬局の厚川さんの存在なんです。ある催しで厚川さんの発表を拝聴し、薬局を地域のコミュニティスペースにする取り組みが、「選ばれる薬局」をつくりたいという私の思いを一歩前に進めてくれました。だから、二番煎じなんです。厚川さんに刺激され、薬局と地域コミュニティをつなげるアイデアが浮かび、厚川さんと同じような取り組みを始めました。
地域住民巻き込みアイデアも場所も手づくり
福田 武庫之荘店(尼崎市武庫之荘)に隣接するテナントが空いたので、ここを地域コミュニティの拠点として確保しました。私自身それまで、薬局の認知度を高めるため地元の自治会に加入したり、祭りやゲートボールといった催し物に参加するなど、地域の皆さんとは積極的にコミュニケーションを積み重ねてきました。もちろん、コミュニティスペースをつくる際には、縁あって紹介されたコミュニティデザインの専門家に協力を依頼しましたが、交流を深めてきた地域の皆さんからも、どんな場所にすれば面白いのか、アイデアを募ることにしたんです。それが「行きたくなる薬局を作るオープン会議」です。言わば、コミュニティスペースをつくるところから、地域を巻き込んだ格好です。月に一度、多いときは40人ほどが集まりました。6~7回の会議で、薬膳やカフェ、相撲に足湯に落語と、実にさまざまなアイデアが出されました。内装のリノベーションも地域の皆さんによるDIYです。「まごころ茶屋」と名付けられたコミュニティスペースがオープンしたのは、2019年4月のことです。
薬局は生きがいや役割見つける手助けを
薬で健康になることは重要ですが、その人らしい生きがいや役割を見つけるため、薬局が担えることがあるのではないでしょうか。そんな思いを確信に変えてくれたエピソードがあります。
毎日不調を訴え来局していた90歳のおじいさんが、ある日突然、目をキラキラさせてやってきたのです。聞けば、娘と一緒に証券会社を起業するという。新たな生きがいを見つけられたのです。結局、起業の話は頓挫し、再び落ち込んでしまったのですが、私の資産運用をお願いしたことで、元気を取り戻してくれました。薬だけでなく、生きがいや自身の役割を見つけ、主体的に人生を楽しむ人たちを増やしたい。その経験から、薬局は薬以外でも健康を届けられるのではないかと思ったのです。
自身のブログに毎日、空の写真をアップしていた91歳の末期がんの男性も、そんなお一人です。まごころ茶屋で展覧会を開いたのをきっかけに、新しい作品に挑戦し、元気を取り戻されました。その後亡くなられましたが、ご家族からは晩年が一番輝いていたと感謝されました。
糸口は服薬指導通じて患者背景探ること
私は厚川さんと同じように製薬会社のMR出身です。2013年3月に開局しましたが、医療機関に近いというだけの門前薬局という業態には疑問を抱いていました。薬局なので、当然その中心には投薬、服薬指導という業務があり、そのためにはコミュニケーション能力や提案力が求められます。服薬指導を通じて患者背景を探っていくと、その人の役割や好きなこと、あるいは得意なことも見つかる。それが、まごころ茶屋でのさまざまなイベントにつながり、世代を超えた新しい交流にもつながっていきます。そうしたことから、薬局はコミュニティづくりには最も適した業態ではないかと思っています。 薬局ってどこも一緒ではないかとの問いかけに、うちの薬局は違うと堂々と言えなかった恥ずかしい経験があります。立地条件ではなく、この薬局が好きだから、同じ薬をもらうならここでと、選ばれる薬局でありたい。「その気」になれば健康になれる。まごころ薬局とまごころ茶屋で得られた「生きがい」をきっかけに、「その気」になってもらえれば、と願っています。
今回はまごころ薬局 福田 俊明様にお話を伺い致しました。
ご協力頂きありがとうございました。
【次回】
第3弾は、千葉大学大学院 医学薬学府医科学専攻 笠原正幸様にお話をお伺い致します。
Activeプラス編集部