SPECIAL

笠原 正幸氏

SPECIAL.006
薬局におけるソーシャル・キャピタルの潮流を探る
【第3弾】

千葉大学大学院 医学薬学府医科学専攻
笠原 正幸氏

地域保健の領域で「ソーシャル・キャピタル」が、注目を集めています。厚生労働省の地域保健対策検討会の報告書では、ソーシャル・キャピタルは「信頼」「社会規範」「ネットワーク」といった協調行動の活発化で、「社会の効率性」を高めることができる社会組織に特徴的な資本と定義され、その本質である「人と人との絆」「人と人との支え合い」は、日本社会を古くから支える重要な基礎と指摘しています。
残念ながらまだ、薬局の現場ではソーシャル・キャピタルの理解と浸透は希薄ですが、そんな「絆」と「支え合い」の精神を「地域コミュニティづくり」という形で具現化し、地域の健康づくりにつなげようとする試みが始まっています。

埼玉県川口市で厚川薬局を経営する厚川俊明氏、兵庫県尼崎市でまごころ薬局を営む福田 惇氏、いずれも薬局に隣接するコミュニティスペースを活用してユニークなイベントを企画するなど、積極的に地域住民の健康づくりに関わっています。

今回のSPECIALでは、両氏から先進的な地域コミュニティづくりの取り組みについてお話をうかがうとともに、第三者の立場から、ソーシャル・キャピタルの概念を通じて「街の薬局がつながりと健康の場となることを夢見て」社会疫学を学ぶため、千葉大学大学院に通う笠原正幸氏に、薬局を拠点とする地域コミュニティが住民に与える意識変化と健康への影響などについて語っていただきました。

笠原氏

今回は、千葉大学大学院 医学薬学府医科学専攻 笠原 正幸様にお話をお伺い致しました。

薬局のコミュニティが住民に与える意識変化と健康への影響の可能性

笠原 私は薬科大学を卒業後、10年ほど調剤薬局に勤務し、東日本大震災をきっかけに、「まちづくり」に興味を持ちました。その過程で、薬局をコミュニティづくりの場として実践し、薬局が健康拠点となる可能性を手応えとして感じました。それを証明するため、現在は千葉大学大学院に在籍(修士課程)し、町の薬局が「つながりと健康の場」となるのではないかと、研鑽を重ねています。

コミュニティに参加する人の意識変化

笠原 薬局で何か問題点を見つけ、その中で地域住民と一緒にプロジェクトを立ち上げると、また新しい課題が見つかり新たなプロジェクトが発足するという好循環が生まれます。それはPDCAサイクルに似通ったもので、厚川さんと福田さんの事例をみても、薬局だけでやっているのではなく、地域を巻き込んで考えたら新しい課題が見つかり、それをどう解決するかといったような好循環が生まれたということがよく分かります。

地域の中で孤立せずに生活することは、健康において重要との報告が多数あります。これまでの薬局の健康相談イベントは薬局と地域住民との接点として、店頭での服薬指導とは異なるアプローチで、多くの健康情報を提供してきましたが、健康のさらなる向上を実現するためには、健康情報の伝達にとどまらず、地域コミュニティの構築を支援できる薬局イベントを企画する必要があります。

そうした薬局イベントにおける参加者の意識を厚川薬局と当時勤めていた薬局で調査したところ、参加者44人(男21人、女23人)中、全体の73%が「生活に変化が起きた」と回答しています。このほか「ボランティアに対する意識」として73%が関心を持ち、近所の人が困っているとき積極的に手伝うような変化があったかでは、61%が「積極的になった」と回答しています。

郷土料理のレシピ

薬局に務めていた頃、健康イベントとして「郷土料理から健康に良い食材を学ぼう!」をやりました。ご近所のお惣菜屋さんが調べてくれた日本全国の郷土料理のレシピです。

役割を持つ人の社会参加は死亡リスクが低い

笠原 地域の人と趣味やスポーツに励んだり、自治会などの社会参加の役員をすると、死亡リスクが減少される可能性があるという調査結果があります。また、男性のうつ傾向になる確率では、「あまり社会参加をしていない群」よりも「多くの社会参加をしている群」のほうが19.0%から8.5%まで低くなっています。さらに、役割の有無で顕著な違いがみられ、「多くの社会参加をしている群」では「役割を持っていない」と回答した人に比べて、「役割を持っている」ケースでは、うつ傾向になる確率が1.2%まで下がっています。社会参加の種類が増えれば増えるほど、うつ発症のリスクが軽減されることも分かっています。認知症を伴う要介護認定発生のリスクでは、前期高齢者では地域活動をしていない人は参加している人よりも認知症発症リスクが22%高く、地域活動に参加して役割がある人では19%低いという結果が出ています。

このほか、サロン参加群と非参加群の要介護認定率を比較した調査では、サロンに参加している人のほうが認定率は低く、参加なしの14.0%に対し、参加ありは7.7%とほぼ半減しています。健康度が低い地域に、厚川さんや福田さんのような薬局を開設し、地域コミュニティを構築すれば地域の健康への好影響の可能性があるかもしれません。

服薬指導はコミュニティ構築の出発点

笠原 「地域とのつながり」で人を健康にする一つの方法として「社会的処方」という概念が注目を集めています。そこで、専門職から紹介を受けて、NPO法人や団体などの地域資源に橋渡しをするリンクワーカーは、薬局も同等の役割を担えるのではと、私は思っています。そして、薬局の薬剤師に大事にしてほしいのは「服薬指導」です。それをしっかりと行うことで患者のニーズを拾い上げれば、コミュニティにつながる話を引き出せることもある。服薬指導は薬局におけるソーシャル・キャピタルの出発点なのです。


今回は千葉大学大学院 医学薬学府医科学専攻 笠原 正幸さんにお話を伺い致しました。
医薬分業が進展するとともに、町の薬局はOTC医薬品や日用雑貨などの取り扱いを縮小し、自ら、処方箋を持たない生活者らを遠ざけてしまいました。それが今、多くの薬局が抱える悩みとして、重くのしかかっています。厚川さんや福田さんがチャレンジする薬局を拠点とした地域コミュニティづくりは、そうした課題と反省への一つの模範解答とも言えそうです。
厚川さん、福田さん、笠原さん、取材にご協力いただきありがとうございました。

Activeプラス編集部

笠原 正幸氏

ご紹介

氏名 笠原 正幸氏
略歴 昭和薬科大学(資格:薬剤師)を卒業後、保険薬局勤務、NPO法人D-SHiPS32寄付担当を務める
現在、千葉大学大学院 医学薬学府医科学専攻(薬剤師)在学
所属学会 日本公衆衛生学会、日本疫学会、日本社会関係学会